ブックレビュー|なぜ、彼らは「お役所仕事」を変えられたのか? (加藤 年紀)

みなさんは、公務員という職業にどんなイメージを抱いていますか?

「毎日定時で帰っている」
「リストラがないし、毎年給料も上がるし、将来安泰」
「ノルマがなくて仕事が楽そう」………

元公務員の私が思うのは、そのイメージが当たっている部分もあるし、違う部分もあるということです。

厳しいノルマはなく毎年昇給するのは確かですが、部署や時期によって仕事内容は大きく異なりますし、日付が変わる頃まで働く人も少なくありません。それは民間企業でも同じでしょう。

特に今のような異動の時期になると、どこどこの部署は残業ばかりでブラックらしい…なんて話もあちこちで囁かれていました。

世間でイメージされる「楽な仕事」ばかりでないのは確かです。

ところで先日、図書館に行った際、偶然この本が目に留まりました。

目次

はじめに

私がこの本を手に取ったのは、公務員時代、どこか「お役所仕事」的に仕事をしていたかも…という後悔があるからです。

正規職員として採用され、初めての社会人生活、分からないなりに仕事に取り組んではいました。

しかし、これが仕事のスタンダードだと思ってやってきたことを、公務員を退職し民間企業勤めを経た今、振り返ってアップデートする必要があるのではないか、と思ったのです。

本書の副題は「常識・前例・慣習を打破する仕事術」です。

公務員の世界では「前例がないので…」「それは昔からうちの部署の仕事じゃないから…」と、出来ること、出来ないことを決めつけてしまう場面も少なくありません。

出来る・出来ない理由は予算、人員、技術、根拠法令等多岐に渡りますが、いわゆる「縦割り組織」、「お役所仕事」と言われるのはこのためです。

公務員に限らず規模の大きな組織であれば、民間企業にも通じるものがあるのではないでしょうか?

この本は、身動きの取りにくい組織の中で悩む方を勇気付ける一冊です。

10人の情熱的なトップランナーから、私が今後実行したいと思った4つのマインドを紹介します。

緊急度の高いものを見逃さない

案件を後回しにせず、速やかに対応することが、長期的に見て最も費用対効果が高い(岡本譲史)

公務員が失敗したら叩かれます。でも、本当はやらないことによる損害のほうがものすごく大きい(酒井直人)

公務員は融通がきかない、保守的だなどと言われますが、それはうまくいかなかった場合の批判、反発が怖いからです。

市民から預かっている税金を無駄遣いすることはできません。

ですが、ここで指摘されているのはいま手を打たなかったことによりさらに大きなリスクを抱えることになるのはもっと恐ろしいということです。

そのためには長期的なビジョンをもって、するべきこと・しなくていいことを見抜き、取り返しがつかなくなる前に手を打つべきです。

分かっていても面倒なことはやりたくないのが人間心理ですし、煙たがられることもあるでしょう。

それでもなお行動できる。

最も市民のことを考えている人というのは、このような人材だと言えます。

相手にとことん配慮をする

一方で、これまでと別方向に舵を切るときには反発する者も現れます。

これを実現させるためには、周囲から理解を得る必要がありますよね。

それを可能にするのがこのマインドです。

やるべきではないことを「やらない」と言う説明責任も、我々は果たしていかなければなりません(菊池明敏)

「変えられるもの」と「なくせるもの」を精査すること。所管にとってのメリットを示すことも必要です。理詰めで相手をやっつけても話は進みません(酒井直人)

何かを変えるときには、誰も傷つかないロジックを組み立てられるかどうかも重要だと思います。物事が変わるのは、人の気持ちが変わったとき。機が熟していないときには、変えるべき根拠が存在しても、それを口にすることはありません。(山本享兵)

通例、慣習に従ってばかりでは刻々と変化する社会ニーズに対応できません。

物事を始めるばかりではなく、やめることも時には必要ですよね。

行政は例年の予算編成において事業の改廃を行いますが、やるべき理由、やめる理由を明確にし財政部局に納得してもらう必要があります。

あるいは対住民……もしくは企業の社員であれば取引先に利害関係者がいる場合には、相手に特に害がある場合、きっちりと説明する必要があります。

ですがこの時、一方的に説き伏せるのではなく、相手方へメリットを示したり相手を傷つけない配慮をすること、

また少しずつ根回しを重ねることで、どんな相手からも納得を得ることができるというのです。

説明責任は当然果たしたうえで、相手への配慮もすることが相手の了承を引き出す有効な手立てとなるのです。

周囲と良好な関係を築く

味方は多いに越したことはありません。

さきほどのように交渉の場面を上手く立ち回ることで相手を味方につけることも必要ですが、1番味方になってくれやすいのは部署内あるいは庁内の仲間たち。

まずは自分の周囲から仲間を増やしていきましょう。

普段からコミュニケーションを大切にしていました。(周囲と関係を築いたことで)課長が協力を促してくださいました(岡本譲史)

入庁直後のKPIとして職員50人と関係を気軽に話せるようになることを自らに課していました(山本享兵)

庁内外にキーマンを見つけて、ネットワークに入れてもらうことを心がけながら、とにかく小さな改善を地道に繰り返すことから始めました。(大垣弥生)

十何年間、まちのさまざまなイベントに顔を出して挨拶したり、スタッフとして参加してきました。
もちろん、仕事ではなくプライベートです。だからこそ、主要な若手や現場の方とフラットに関わることができていました。(黒瀬啓介)

全編を読み通して感じたのは、関係を築くために積極的に行動し、ネットワークづくりに奔走した方ばかりだということでした。

気持ちよく仕事をするには周囲と良好な関係を築く、これはどの仕事においても基本中の基本でしょう。

隣の席の人や同じ課の人とは毎日顔を合わせるので簡単に出来ますが、本書で紹介されている方々はそれに留まりません。

会社という組織にいる以上、全ての人が誰かと関わりながら仕事をしています。

また仕事で何かを成し遂げようとするとき、自分だけの力で達成するのは困難です。

  1. 周囲の力を借りるために関係を築く
  2. 関係を築くために相手から信頼を獲得する
  3. 信頼を得るために「自分の時間を使う」

本書で紹介されるトップランナーはみな、③を実行した方ばかりです。

実行するためには、例えば、関係を築きたい相手が担当するイベント等に休日を使って参加することも考えられますが、

まずは仕事の範疇で出来ることをやる、あるいは休憩時間中に他愛もない会話をするなど積極的にコミュニケーションをとることから始めても良いのではないでしょうか。

自分がいなくても機能するかを考える

最後に紹介するのは、公務員に限らず、クリエイティブな仕事をしたいと思う人にとって「指針」になるような言葉です。

自分がいなくなっても、思い描いた世界がそこに残って、誰が担当となっても継続できるようにすることを意識しています。(山本享兵)

僕が「やる」って言えばやる、「やめる」と言えばやめる。そんなものに価値があるのかなと感じました。
本当に価値があれば、僕がいなくなっても回り続けますよね。(脇雅昭)

公務員の世界では異動はつきものです。

県庁では3〜4年のサイクルで異動があり、必ず担当替えが起こるため、業務の標準化を意識している方は多いでしょう。

一方で、県庁時代は業務の属人化が起きている場面をしばしば見かけました。

業務内容を熟知しているのは主担当者だけになってしまい、隣の席の職員が問い合わせを受けても「主担当者でないと分からない」と回答するしかないような状況もしばしば…。

これでは主担当者が突然出勤できなくなったときや不意に異動になったときに自分たちも相手も困ってしまいます。

業務の属人化を解消し、標準化を進めるためにも、

「自分がいなくなってもうまく機能するか」という視点を持って、業務や事業、組織を設計することは非常に大切だと思いました。

また設計にあたってもう1つ大切なのは、「価値あるものを残す」ことです。

担当者の設計したものが価値のあるものであれば、異動して次の人の手に渡っても引継者が磨き精度を上げてくれるでしょう。

公務員は異動があるからこそ、いろんな担当者の手により多面的に磨かれるという良さもあるのではないでしょうか。

手掛けた仕事はいつか自分の手を離れます。

公務員だけでなく、企業に勤めている方にとっても、個人事業主の方にとっても、成果物が長く世に留まり貢献してほしいと考えるのであれば、

「自分のいない世界」を見据えて物事を設計するという考え方が必要だと感じました。

おわりに

本書は全6章で構成されているのですが、公務員の方はこの最後の「第6章」を一読することを強くお勧めします。

正直、公務員に対する冒頭で述べたイメージ、また公務員バッシングは世に多く、

熱心に業務に取り組んでいる方でも肩身の狭い思いをしている方は少なくないのではないかと思います。

そんな方々に寄り添い、励ましてくれるのがこの第6章です。

本書の筆者、加藤年紀氏は公務員経験のない民間企業人ですが、なぜここまで公務員の目線で内情を理解しておられるのか不思議なくらいです。

最後に、第6章から特に心に響いた部分を引用します。

「本書を手にとってくださったみなさんは何かを『変えたい』と思っているはずだ」
「いずれにしても、何かを『変える』にあたっては、大切なことがある。それは、変えられるものを見抜くことだ」

この本を読んだあなたが、道を照らす一言に出会えることを願います。

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